2012年08月05日

さよなら フォーミュラ・ニッポン

1996年以来、日本のトップフォーミュラとして慣れ親しんだ「フォーミュラ・ニッポン」 俗称「Fポン」・・・正式には「全日本選手権フォーミュラ・ニッポン」が今シーズン限りとなりました。

来年からシリーズ名称を変更することは既にアナウンスされていましたし、公募で名前が決まっただけで、中身の変化は? ニューマシンも再来年だし・・・ と、いうことだし、そもそもレースが無くなる訳ではないので特に騒ぐ理由もないのですが。
それでも、F2、F3000からフォーミュラ・ニッポン発足・変化を見てきた身としては、その間に世間や自分起こった様々なことと重ね合わせ、いろいろと思うこともあります。さて、17年前から少し思い出してみましょう。
あまり調べて書いていないので、薄れる記憶から間違いが多少あると思いますがご容赦を。

当時、日本のトップカテゴリーであるF2→F3000は、FIAルールに則り欧州F3000に追従する形で開催されていましたが、本家(?)欧州では、既にF3000は衰退し、ワンメイク・カテゴリー(後のGP2)となることが決まっていました。
日本独自で、旧規定のマシン、旧規定のエンジン、独自のタイヤでガラパゴス的に生き残る道を選択しましたが、そのまま「生き残る」のではなく、進化の道を探ることになりました。当面の3年間は準備期間としてマシン等のハードウェアはそのままに、新しいプロモーションでシリーズを活性、1999年よりニューマシンを導入して一気にメジャー化する! のが当時の構想だったと思われます。

この、活性化に向けた最大の仕掛けがTV局との全面的なタイアップでした。プロモーションをTV屋が行うことで、他のスポーツイベントのような「仕掛け」が可能となりました、そのさまざまな仕掛けは旧来のファンからは、奇異に映りましたが、新シリーズの開幕戦の開会式にブルーインパルスが飛来したのには驚き、感動し、期待を抱きました。

つづく。
posted by fuji73 at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | FN
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/57453163

この記事へのトラックバック